【ネタバレあり】おおかみこども

久々に全くボカロ関係ないブログ書きます。

なりゆきというか突発的に「おおかみこどもの雨と雪」観ました。すごく面白かったです。僕なりに思うことがあって色々書きたくなって飽きるまでまただらだら書いてみたいと思います。適当に流し読んでもらえれば幸いです。

この感動を大切にしておきたいのでネットのレビューはおろか友達の感想すらも怖くて聞けてないですす。なのでどっかで同じような事言ってる人がいたり、或いはまったく見当違いなこと言ってても僕の純粋な感想ということで生暖かく見守ってもらえると嬉しいです。


おおかみこどもの成長を通してその背景にある「社会」を見つめ直す映画

この映画のポイントは「家族」「学校」「地域」といった社会コミュニティのつながりのあり方を現代に問うている姿にあると思います。以下その3つを軸に話をしたいと思っています。

この映画を大きく分けるなら恐らく雪の小学校入学以前と以後という風になるでしょう。(そこを境に物語がぶつ切りになってたと言ってもいいくらいそれまでの生活や人間関係の描写などが伏線になることなく、全く新しい世界へ行ってしまったような気がします。)

入学以前は主に「地域」、そして入学後は「学校」、そして映画を通して「家族」のつながりが描かれています。

それらを物語の時系列を追って(覚えている範囲で)書いていきます。




1.「家族」を持たない主人公
まず主人公の「花」と狼男の「彼」。彼らはそれぞれの事情で家族を持たない孤独な存在でした。(細かいとこは省略)

彼らはやがて結ばれやがて子供が生まれ家族が出来上がります。これはめでたい。

しかしまたしてもそんな「家族」が「彼」の死で崩壊してしまいます。

さらに子供は狼こども、とても外では見せられない。

花はどんどん閉じこもり社会との関わりをシャットダウンしました。これは現代の地域社会コミュニティの希薄化の端的な描写にも思えます。

それでも子供たちをしっかりと愛情を持って育てる花の姿に心を打たれます。それはまるで宮沢賢治の雨ニモマケズの「決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル」姿そのもの。これはまさに母親としての理想像ではないでしょうか。(おまけに若くて美人だし)

しかしどんどん地域コミュニティから孤立し、耐えられなくなった花は人のいない田舎での生活を決断します。




2.田舎で芽生えた地域社会のつながり
社会から逃げるように人里離れたボロ屋を借りて1人で生きていくことを決断した花はそこでも一生懸命子供たちのために家を補修し、畑を耕して農作業を始めました。

そこでも人との関わりをシャットダウンし続けた花でしたが、そのひたむきな姿勢に次第に近所の人達が花をバックアップするようになります。

畑の整備の仕方を教えてもらったり、そのお返しに畑でできた作物を近所へ配ってまわり、またそこでもお返しで・・・といった地域同士のつながり。ここでの花の姿が自分の母親の姿と重なり、なんでもないようなところでも涙が出そうになりました。

3・11以降、破壊されたのは建物や生物だけではありません。そこの土地と人によって、長い時間をかけて築かれた地域ネットワークも崩壊しました。

そんな今だからこそこの映画の意義がより際立って見える気がします。花は「人から離れて暮らそうと思ったけどかえって人にお世話になることになった」と言った内容の言葉をぽつりと呟いたのも印象的でした。このような地域社会との繋がりをどのように復元、もしくはリビルドするのかが被災地でのひとつの課題となっています。





3.学校を通して学ぶこと
やがて雪は小学校へ上がり、活発で明るい雪は花の心配をよそにすぐクラスに溶けこむことができました。

しかしそこで幼稚園などで他の子どもと遊んだ経験を得られなかった雪は他の人との価値観の違いを知り、母の花へ相談します。
そこで花は笑顔で「別に雪は雪でいいんじゃない」と優しく言います。学校で周りと自分との違いを知り、いわゆる「空気を読もう」とした雪に花は雪の個性を尊重するように優しく語りかけた言葉も印象的でした。

日本の学校はとにかく「協調性」を重んじる風習があります。和を乱すな、目立つな、でしゃばるな。

しかしそれが思考停止的な他人任せの人間を生んでいる現状があります。自分の意見はそっちのけでひたすらに他人に合わせ、責任も全て相手へ。

ちょっとしたひとことだったのですが、ここにも理想の母親像としての花の姿が際立って見えたシーンでした。繰り返すようですが本当に映画の中では花の存在が魅力的に描かれています。(しかしそのあと花がワンピースを作ってあげて「雪が周囲から変に見られることがなくなりました」と言った内容の雪のナレーションが入ったのにちょっと拍子抜けしてしまいましたが)

そして雨も入学します。しかし雨は雪とは対照的に学校に馴染めず、不登校になってしまいました。

そこでも花は無理に学校に行かせようとは決してしません。雨の気持ちを尊重し、仕事も見つけ(やはりここでも地域社会に根ざした職業を花は選択しました。)一緒に暮らします。(人間として生きるのか狼として生きるのか、子供たちに決めさせようというのが花の考えであるという描写も物語前半でありました)。
そしてこれがきっかけとなり、雨と雪の生き方が分岐し、あのような結末となりました。
(物語終盤で分かることですが、実は花は雨にも人間として生きて欲しかったという願いを持っていました。しかしそのようなエゴを限界まで抑えながら自分の意思《彼の思い?》を貫く宮崎駿的「強い女像」も垣間見えます。これは今作に限ったことではないですが。)


一見すると苦悩を乗り越えた親子の成長記。それだけでもキャラクターが魅力的なのでとても楽しめる映画ですが、舞台が自分が育った環境と似ていたこともあり、自分の記憶と重ねあわせながら見ると本当に感慨深い映画でした。

花役の宮崎あおいもすごくよかったと思います。雨との別れのシーンのセリフでは全身に鳥肌が立って涙がぼろぼろ出ました。

育児放棄する若者に対して見せる「理想の母親」、希薄化する家族コミュニティへ向けられた、母親を軸とし強固な信頼関係の中にある「理想の家族」。それらが社会という枠組みの中でとても魅力的に描かれた良作だと思います。

なんかだらだら書き散らかしたわりに、肝心なことを言えていないような、そんなもやっとした感覚が胸に残っているのですが、とりあえずだれてきたので終わりにします。

最後まで読んでくれた方ありがとうございました_(:3」 ∠)_
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